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最高裁判所第三小法廷 昭和62年(行ツ)31号 判決 1987年11月10日

広島県福山市水呑町二四番一五号

上告人

小土井利勝

右訴訟代理人弁護士

服部融憲

木山潔

大國和江

阿波弘夫

広島県福山市三吉町四丁目四番八号

被上告人

福山税務署長

田邊武司

東京都千代田区霞が関三丁目一番一号

被上告人

国税不服審判所長

小酒禮

右両名指定代理人

菅谷久男

右当事者間の広島高等地裁判所昭和五七年(行コ)第二号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和六一年一二月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人服部融憲、同木山潔、同大國和江、同阿波弘夫の上告理由第一点について

本件の訴訟記録によれば、原審の訴訟手続に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二ないし第四点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡滿彦 裁判官 伊藤正己 裁判官 長島敦 裁判官 坂上壽夫)

(昭和六二年(行ツ)第三一号 上告人 小土井利勝)

上告代理人服部融憲、同木山潔、同大國和江、同阿波弘夫の上告理由

一 原判決は法令の違背があり、取消されるべきである。

1 民訴法二五五条一項は、準備手続調書に記載されなかった事項については主張を許さないとしているが、これには例外があり、

<1> 著しく訴訟を遅延せしめないとき

<2> 過失なくして準備手続において提出することが出来なかったとき

には準備手続調書に記載されなかった事項についても主張が許されるのである。

そうして、上告人は、本件の場合には著しく訴訟を遅延せしめるものではないことを主張し、疎明も行ったのである。

2 ところが、原判決は、第一審における準備手続の効果として、その余の取引等の実額を主張することは許されないと判断して、上告人の実額に対する主張及び立証を許さなかったのである。(理由中一の5)

3 そのため上告人は実額についての主張・立証が出来ず、そのために、原判決は、控訴棄却になったのであるが、この点につき原判決が正しく法令を適用しておれば、原判決が正しいものになっていたことは疑いのない事実である。

4 上告人は、まず、実額の訴訟を第一審でなされなかったのは、第一審では手続のみを争点として訴訟を行うが、上告人敗訴の場合は実額主張をなすこともあることを第一審準備手続において主張し、裁判所も右につき了解していたものである。

従って、裁判所との右了解に基づき、控訴審において実額の主張をなそうとしたものである。

実額についての主張・立証は許されるべきであるので、原判決を取消して差戻されなければならない。

5 また、上告人は、昭和五七年八月二四日の第一回口頭弁論で、同日付準備書面で昭和四八年分の事業所得に対する主張をなしたのである。

そうして、右については、被上告人らから、昭和五七年一〇月一〇日の第二回口頭弁論で時期におくれた攻撃防御法であるとの主張がなされたが、上告人がこれに対し反論を行い、昭和五八年三月三一日の第五回口頭弁論において被上告人らの申立が理由ないものとして却下された経過があるのである。

従って、これより以降は、実額の主張・立証を行いながら裁判が進行していたところ、右却下決定より一年二か月もの後の昭和五九年五月二四日の第一二回口頭弁論になって裁判長並びに右陪席裁判官の交替により突如、実額主張を許さないとの決定をしたのである。

ところが、上告人は実額の主張については、

<1> 昭和五七年八月二四日付準備書面で

昭和四八年度分の売上・経費・所得を主張し

<2> 昭和五八年六月一六日付準備書面で

昭和四八年度分明細を示し

同日 帳簿(甲第二〇号証)を提出し

<3> 昭和五八年八月四日付準備書面で

昭和四六年度の所得、昭和四七年度の所得についての主張をしている。

このように、昭和五九年五月二四日までには実額についての主張と立証をなしており、これらの主張を許しても著しく訴訟を遅延しないことは明日であった。

しかるに、原判決は、五月二四日、弁論の制限をしたので違法である。

因みに、右主張及び立証を許しても、訴訟の完結を遅延せしむべきときに当らないと原審は昭和五八年三月三一日判断しておりながら、同一裁判所が昭和五九年五月二四日には著しく訴訟遅延せしめざるときに当らないと判断したのであって、この矛盾は到底理解されるものではない。

6 実額の立証が「訴訟ヲ著シク遅延セシメサルトキ」に該当する点については次のとおり主張する。

二年半前の昭和五七年八月二四日の第一回口頭弁論期日において既に実額の主張をしている。従って、右決定後新たに主張をする必要がない。

第三回口頭弁論期日までに甲第二三号証まで提出し、立証の主要部分を占る書証を提出済みである。

実額についての立証方法として必要なものは、上告人本人の尋問だけであり、推計課税の手続に関しても本人尋問申請がされ、取調べの必要があり、同一期日に実額の尋問も行えるので、立証のために訴訟が遅延することはない。

被上告人は、上告人の実額の主張および書証の提出を受けて反論をなし、法廷外における反面調査を、昭和五八年三月の時期に遅れた攻防方法についての主張の却下の後(直ちに開始して、今までに十分な時間をかけて調査をしており、更に、手続に関する審理期間中に追加して準備が可能であるので、被上告人側の事情で訴訟が遅延することもない。

また、被上告人の担当官は、帳簿を調査段階でも閲覧している。

裁判所も、ほぼ二年前の昭和五八年三月三一日第五回口頭弁論期日において、「訴訟ノ完結ヲ遅延セシムヘキ」ときに該当しないと判断して、実額の主張立証を許している。

二 原判決には経験則に違反する判断をしており、審理不審理由不備の違法があり、右違法により判決は誤ったものとなっている。

原判決は、理由一の3で、被上告人署長が行った本件推計課税は、その抽出過程に被上告人署長の恣意が介在する余地がなく、また、合理的であると判断をしている。

しかし、本件における同業者と抽出する過程には全く統計額上の合理性がない。

原判決は同業者抽出につき、

<1> 上告人の仕入取引金額の二倍から二分の一の業者を選んだ

<2> 上告人の従業員数四人についても半分から倍までの範囲の業者

(従業員数については安藤証言二項によるとそれ(四人)に近い同業者となっており、原判決の事実認定は誤っている)

<3> 仕入鋼材中にL型鋼材がある者

<4> 天井クレーンのほかクレーンを有しない者に限定した

から合理性があると認定している。

L型鋼など双方とも主張していない。H型鋼の誤りである。このことをみてもいかに杜撰な事実認定かが誰の目にも明らかである。

しかし、統計額上抽出された同業者が上告人の業者と近似しているためには、抽出方法につき不可欠の要素がある。

1 まず、抽出する母集団が同一でなければならない。

ところが、一業者は、福山税務署管内でなく、府中税務署管内の業者である。母集団の中で、同業者が足りないとすると、母集団と同一の要素を持つ母集団を抽出しなければならないのに、人口規模でも大きく異なる府中税務署管内を母集団として追加している。

因みに、昭和四八年四月一日の人口は福山が三一万一六三三人、府中が五万一〇五九人である。

ところが、府中より大きい尾道(人口一四万二〇一人)は、府中と同じく福山市に隣接しているのに、敢えて署長は、右業者の照会をしていない。

尾道の方が母集団としてはより近似である。この一点からしても、同業者については被上告人署長は、恣意を入れて府中市を選択したのである。

原判決がいうように、恣意が入っていないなどと決して言いえない。

2 更に、母集団からの抽出も、被上告人署長配下の職員が行っていない。

福山については、一応、右職員が行ったようであるが、府中の母集団からの抽出は、府中税務署の職員が行っており、母集団を一人の業者も残すことなく全員に当り定立した基準に合致したものを選んだのかどうかは全く明らかとなっていない。

福山税務署の職員が電話で依頼しただけである。

依頼内容についての証言は次のようである。

安藤勇の第二〇回口頭弁論における証言(四ないし七項)によると、

「はっきり記憶していませんが、業種・業態という点に重きをおいて電話で照会したいと思います」

「府中税務署からは三業者回答がありましたが、規模という点に重きをおいて依頼しなかった関係でいろいろのものがあったと思います」

「そして、その中で適用出来るのは一業者だけであったと思います」

原判決は、右証言を基に抽出過程の合理性を認めているのであるが、

右証言では、依頼内容も曖昧で、府中税務署における抽出過程は全く明らかになっていない。

府中の同業者は一体いかなる基準で三社が抽出され、三社の中から一社が更に選ばれたか明らかではない。

その点につき、原判決は何ら留意しておらず、経験則に違反していることは明らかである。

また、抽出過程に関する証言も、荒石証人の証言は次のとおりで安藤証人の証言とは異っている。

荒石証人は次のとおり証言している。

<1> 福山の同業者抽出四〇件を抽出し

<2> 絞って絞って、八人位いに絞る。

<3> 更に二人に絞る。二件となる。

<4> 府中から似たのを一件送って貰う。

このように曖昧な安藤証言は信用性もないのである。

三 原判決は、推計課税の要件についての法令解釈の誤謬があり適用を誤っている。

1 原判決は、課税による更正処分が許される場合につき「推計課税は例外であり、実額による課税標準の把握が出来ないか、もしくは、著しく困難な場合にはじめて推計課税が許容される」とし、本件の場合においては、「原告の所得を…実額捕捉することも著しく困難であった…」ものと判断して、推計課税の方法によったことが相当であったと判断しているのである。

2 しかしながら、推計課税が許されるのは、税務署長において付与された全ての権限を行使して税務調査を尽してもなお実額の「捕捉が不可能な場合」に限られるのであって、実額の捕捉が「著しく困難な場合」については未だ推計課税は認められないのである。

これは、課税処分における課税標準の認定が自主申告納税制度の下に原則となされており、推計課税は当該納税義務者以外の者の実績から得られた平均的数値を適用することによってなされる計算方法であるから、常に真実の所得額との間に誤差を生ずることが避けられないが為でもある。

3 下級審においては左の各判決がそのことを明らかにしている。

イ 神戸地裁昭和三六年四月一一日判決

(訟務月報七巻七号一四七九頁)

ロ 京都地裁昭和五一年一一月一五日判決

(訟務月報二二巻一二号二八八三頁)

ハ 東京地裁昭和四八年三月二二日判決

(訟務月報一九巻一二号一三三頁)

4 最高裁も、「実額調査の出来ない場合に」(昭和三九年一一月一三日判決・税資三八号八三八頁)、「実額調査によることの出来ない場合において」(昭和三九年一二月二二日判決・税資三八号九九九頁)、「実額調査によりがたい場合に」(昭和四三年九月一七日判決・税資五三号四三五頁)、推計課税を認めるとしており、この法理を認めている。

このように、原判決は、最高裁判決にも違反するものである。

四 本件推計方法には推計の基礎についての立証がないのになした理由不備の判決であり違法である。

被上告人らは、推計手続について具体的な立証を必要とするところ、原審においてはその基礎となる同業者の計数について一切の立証がないのにこれを認めたもので、理由不備の違法がある。

つまり、主張のみがあって立証がない。

安藤証言はもちろんのこと、弁論の全趣旨をみても、同業者の所得金額を推計した証拠は、一つも提出されていないのである。

被上告人らは、やむなく原審において昭和六一年九月一九日突如として、立証のないのを補充すべく同業者の資料を提出しようとしたものである。

結局、上告人は、本件で推計手続について争っているのに、その推計手続について一切の立証がなければ、本件推計による課税処分の正当性の根拠がないのであるから、被上告人らの各処分はその取消を免れないのに、原審は誤った判断をしたものである。

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